イトウさんのちょっとためになる農業情報

トップページ イトウさんのちょっとためになる農業情報 イトウさんのちょっとためになる農業情報 第21回『化学的防除法 -IPM-』

イトウさんのちょっとためになる農業情報 第21回『化学的防除法 -IPM-』

イトウさんのちょっとためになる農業情報

※こちらの記事はアグリノート公式Facebookページに掲載した連載記事を、アーカイブとして転載したものです。

【2017/11/30更新:第二十一回】

コラム連載21回目の本日は
元普及指導員・イトウさんの“ちょっとためになる農業情報” 、化学的防除法の後編となります。
4つの防除法に関するお話もいよいよ最終回です。

前回に続き、化学的防除法についてお話しします。

IPM

病に対する防除技術には、
耕種的防除、生物的防除、物理的防除、化学的防除と、それぞれ方向性の異なる様々な手法があることを説明してきました。
それぞれの防除方法は、単体で使っているだけでは必ずしも十分な能力を発揮できません。効果が薄かったり、コストが多大になったり、環境負荷が大きかったりといろいろな問題があります。

そこで、「それぞれの防除方法を上手く組み合わせてやっていく」という方法がいろいろな品目、作型で考えられています。
そのようなシステムのことをIPMと呼びます。
IPMはIntegrated Pest Managementの頭文字をとったもので、日本語では『総合的病害虫管理』、『総合的有害生物管理』などと呼ばれます。

 

IPMとEIL

IPMはもともと「あらゆる適切な技術を相互に矛盾しない形で使用し、経済的被害を生じるレベル以下に害虫個体群を減少させ、かつその低いレベルを維持するための外注管理システム」であるとFAO(国連食糧農業機関)が定義していました。

ここで重要となる考え方がEIL(Economic Injury Level, 経済的被害許容水準)というものです。
害虫の被害というのは経済的な被害に繋がるわけですが、防除は防除でお金がかかりますので、これも経済的な負担です。したがって、「ある水準」までの被害であれば、防除をしないほうがお得、ということになります。
この「ある水準」がEILです。実際にはEILに達してから防除をしていては遅いので、その前段階で防除の判断をする密度を設定する必要があります。

病害虫の密度を常にモニタリングし、EIL以下に抑えつつ、過度な防除はしない、というのがIPMの基本になります。

ただ、ここで問題なのは、そもそも基準となるEILの設定が難しい、ということです。指標が示されている作物もありますが、現実問題としてどれだけの被害になったら経済的被害が防除コストを上回るのかというのは、農作物の市場価格であったり使用する防除手段などに応じて変化しますので、そんなに簡単には決められませんし、一律の値を設定するのもおかしな話です。

また、病害虫密度をモニタリングし、モニタリング結果に応じて適切な手段を講じるシステムは構築も運用も難しい、という問題もありました。

 

現代のIPM

2003年になってFAOはIPMの新しい定義を行いました。長いので要点だけとしますが、次のようなことが定義されています。

– 利用可能な防除技術のうち適切なものを組み合わせること
– 農薬その他の防除資材の使用を経済的に問題のない水準まで抑えること
– 健康や環境に対するリスクを減少、最小化すること
– 生態系の撹乱を最小にし、病害虫に対する自然の制御機構を促すこと

過去のIPMの定義はどちらかというと、いざとなれば農薬で防除、という雰囲気がありました。それに比べると、自然の制御機構を活用して農薬等の使用を最低限に抑え、安全で安心できる農作物を作るべしという意図が強調されている表現になっています。

 

IPMへの取り組み

IPMというのはその定義からしても、何か特定の技術があって「これをやればIPM!」というようなものではありません。しかし本来、特定の防除技術であってもそれを活かすためには他の技術との組み合わせは欠かせないものです。

例えば天敵を使って害虫を防除しようとするならば、使用できる農薬の種類が制限されますが、それによってかえって他の害虫が出やすくなる場合があります。そのとき天敵に影響の少ない農薬を選定して使うのか、「他の害虫」に対する天敵をさらに導入するのかはコストや効果を考慮して総合的に判断する必要があります。防虫ネットを導入したり、病害虫に強い品種を選定することは防除負荷を軽減してくれますが、当然コストがかかりますし、品質も変わってくるかもしれません。様々な防除手段について適切な情報を入手し、適切に組み合わせていくことがIPMの実践に繋がります。

また、IPMを更に推し進めて、作物(Crop)の反応まで含めて総合的に管理しようという考え方のICM(Integrated Crop Management)も提唱されています。これも具体的に何がICMというものではありませんが、例えば温室に細霧冷房を入れて湿度を適切に保ってやろうとすれば、糸状菌病害が出やすくなる危険性があります。環境制御は特に病害虫の発生と切り離せないもので、ICM的な考え方は必須とも言えます。

他にも、ICMを更に推し進めた概念として生物多様性(Biodiversity)まで考えようというIBM(Integrated Biodiversity Management)ということを言う人もいます。なんだかミサイルの名前みたいになってきましたが、農業は本質的に複雑なシステムで、特定の技術で劇的に収量が改善したり病害虫が減ったりすることはめったにありません。どのような技術を導入するにしても、総合的な影響を考え、広い視点から考慮、判断する姿勢が大切です。

IPM用画像


≪参考≫
– 仲井ら 『バイオロジカル・コントロール』朝倉書店